ライスボール(感動大一番)

「いよいよ待ちに待ったこの時がやって参りました。今までの時間はまさにこの時のためにあったと言えるでしょう。待ちわびたほど期待はより大きく膨らみ、その向こうには生を実感する感動が約束されているのではないでしょうか。そこに感動があるならば見届けようとするのが人間だ。この大一番を待たなかった人間がいるだろうか。ここを素通りできる人間がいるのだろうか。いやそんなものはいるはずもない。私はここで自信を持って断言します。この待ちに待った大一番。いったいどんな中身のあるものが見られるか。駆け出しがあれば結びがある。それが人生の成り立ちと言っても過言ではありません。


さあ、いよいよ興奮が最高潮に達して参りました。もはや、一瞬たりとも待つことができません。さあ、おばあさんが颯爽と入って参りました。既に手には塩がつけられているのが見えます。さあ、釜が開いた。おばあさん、握りました。握った握った、これは力強い握りです。キュッキュ、キュッキュと小気味よい音が聞こえてくるようであります。微妙に角度を変えて、おばあさん、握った、握った、握った、これは間違いがない、誠に洗練された仕草で、テンポよく握っていく、これは上手いぞ! そうなると中身の方も気になって参りました。


さあ、おばあさん、教えてください。今日の中身は何なのか。伝統か趣向かはたまた想像を超えた大冒険なのか。おばあさんは涼しげな顔で握っている。握った、握った、握った、握ったー! 中身はナッシング! なんとなんと中身は何も入っておりません。見たか、これがおばあさん渾身の握り! 中身が何だ、梅だ、おかかだ、ツナマヨだ、そんなものは子供のお遊びだ、私にとっちゃこの塩だけで十分だ、余計な細工なんかいらねえよ、おばあさんの高笑いが聞こえてくるようであります。駆け出しの奴とはわけが違う、小細工は必要ない、塩さえあれば十分だ、私の真心を受けてみよ、お前たちの胃袋を満たすくらいは簡単なことよ、おばあさんの自信の握りが光っているように見えます。


おばあさん、握った、握った、握った。一粒一粒が光り輝いております。おばあさんの逞しい手に刻まれた皺の一本一本が歴史の立会人、旨味の伝道師となって握り飯に輝きを与えているようであります。さあ、できるぞ、今にもできるぞ。まさに最速にして最高の即席料理。どんな一品料理にも負けることのない最高の一握り。なぜならば、おばあさんのその手の中に地球よりも大きな愛情が詰まっているからであります。どんな鍋でもなく、どんなソースでもなく、その手こそが命であるからです。


おばあさん、何食わぬ顔をして、握った、握った、握った、握った、握った、どっちだ、どっちだ、転ぶか、いや転ばない、落ち着いた手さばきを見せて、今、おばあさんの手から離れそっとお皿の上に置かれました。


瞬く間に完成です。今日一番の結びができあがりました!」