敗軍の将(トリプル・ショック)

「まで。遠藤八段の勝ちとなりました」


 なんと!


 私はまだ自分が負けたという事実を信じられないでいた。生まれて初めての反則負け。痛恨の3手指しだった。


「いやー、ついポンポンポンと指しちゃったよー」


 バカらしさ、恥ずかしさ、複雑な感情が入り交じって、私はいつになく陽気に振る舞っていた。


「ああ」


 八段は、敗者のように小さく頷くだけだった。
 そう。本来なら「負けました」と言って頭を下げるべきは向こうの方だろう。本当にあと少しで勝ちだった。そもそも形勢差は圧倒的で、物わかりのいい棋士ならば、とっくに投了していてもおかしくはなかったのだ。私は既に半分勝った気になってほとんど夢見心地だった。それで勢いに乗って少し指しすぎてしまったというわけだ。


「黙って歩取っといたらどうしてました? 手ないでしょ」
「確かに。そうですね」
「銀出たっていいでしょ。指す手ないじゃない。その飛車は世に出れないっしょ」
「ああ、そうですね」


 相手は駒損が酷く戦力が足りない。残っている駒にしても、急所に利いている駒はどこにも見当たらない。囲いはすっかり崩れ、玉の守りは桂1枚だった。


「パスしてもいいじゃないか。何も手がないんだから」
「どう指されても負けだと思っていました」


 感想戦の私は無敵を誇った。
(なんて手応えのない相手なんだ!)


 私はまだ負けたことを認められず、盤上で指を動かしていた。
 今日は少し勝ち急ぎすぎただけじゃないか。


「おやつのポンジュースがまずかったかな……」